夢物語

□優しい君【青峰大輝/切甘】
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「もう疲れたんだよ。お前の我が儘にも付き合いきれねぇわ」

ヒラヒラと手を振り、じゃあなと言いながらあたしに背中を向け、去っていった。

「我が儘……いつ言ったっけ」

考える気力すら薄れてきて、浮かぶのは彼と過ごしてきた1年間。
家に行って、手を繋いで、二人の夜を過ごして、デートにも行った。
笑いあって、お互いの気持ちを確かめあって、慰めあって、泣いて……。


たくさんの彼との思い出が、あたしの胸の中に溢れた。


あぁ、この記憶は、完全に思い出に変わっていったのを感じた。
切なくて、悲しくて、悔しくて、泣きたくて、助けて欲しくて、誰かに居てほしくて……
あぁ、あたしはこんなに寂しがりやだったんだ。
溢れだした涙は止まることを知らない。

「ふ、ぅ……っ」

小さな声でぐすっと嗚咽をもらした。
足に力が入らなくて、しゃがみこんだまま、彼が歩いていった道を見る。
手を伸ばしても、もう届かない、手遅れなんだ。


そう言い聞かせた。


だけど心はいかないでと叫ぶ。
小さく呟いて、空虚を掴んだ。
ただ、余計に悲しくなるだけだった。

「……ふぇ?」
「……」

手が、あたしの手を、誰かの手が包んだ。
どうして、あなたがいるの……?
疑問が浮かんだ。

「あ、お…峰……くん……?」
「大丈夫か……?」

すごく、切ない顔をしていた。

「な、んで……」
「心配だった」
「……え?」

彼とは1度しか話したことはなかった。
第一印象は背が高くて、顔が厳つい人。
つまり、怖い。
だけど……、今の彼はあたしを心配してたと言ってきた。

「あいつが、お前と付き合ってんの知ってた。だけど、あいつ別の女作ってて……今日呼び出されてんの見て、もしかしてと思ってな……」
「っ……」

あぁ、そうだったんだ。
一週間あたしのことを避け続けたのは、別の女ができてたからなんだね。
本人の口から聞かない分、辛さが増した。

「もぉ……別の、人、のこと、知らな、かった、のにぃ……」
「えっ……わっわりぃ!!余計な事教えちまって……」

また、切ない顔をした。
さっきより、より一層にしてた。
どうして彼は、あたしのことなんか気にかけてくれているのか、あたしなんかに切ない顔を向けるのか、全く分からなかった。


だけれど、不謹慎にも彼の切ない顔に何故かときめく。


あたしの為に向けられた顔なんだ。
この顔はあたししか知らないんじゃないか。
そう思い始めると急に彼が恋しくなって、不意に彼の胸に頭を運んだ。

「ごめ、ん……今、だけ……胸、かして」
「……いつでも空いてっから。ここはお前だけの場所だ」

そう言って、あたしの頭を体を強く、強く抱き締めてくれた。



―――なぁ……一つ、言っていいか?オレさぁ……お前が好きだ。


泣き疲れて彼の胸で眠りに落ちる寸前、彼の優しげな声を聞いてあたしは意識を手放した。

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