短編
□一番目の女
1ページ/1ページ
※ゆるい死ネタあります※
彼は、いつも、夜を纏う。
そう思うのは、彼が私の元へ訪れてくるのが、いつも夜で、そして、去っていくのも、日が昇らないうちだから、なのかもしれない。
「・・・・・・煙草、やめたら?」
「・・・んだよ、いきなり。」
私が起きていると思わなかったのだろう、一瞬ためらって、突然の私の問いかけに、私の目の前で煙草をふかす男、カシムは、あからさまに嫌そうな顔をする。
そんな顔、長い付き合いの私にはもう、なれっこだった。
「なんか、体に悪そうだなぁ、って、思って。」
「・・・俺の体のことなんて、俺が決めるさ。」
あ、また。
カシムは、最近、会話の途中とかに突然、ふ、と遠い目をすることがある。
私を見ているのに、見ていないような、そんな目。
私は、そんな目をするカシムを見るのが、嫌いだった。
「ねぇっ、次はいつ来てくれる?」
憂いを振り切るかのように、明るく声をかける。
次のこと、未来のことを。
「次、ねぇ・・・。」
びく、彼のその言葉に、恐ろしさが、隠せない。
だって、私は、彼が来ないと、人間に、なれないのだから。
「・・・そんな顔すんなよ、近いうちに、また来る。」
「・・・ほんとう?」
「おう、そんで、金つくって、おまえを買いに来てやるよ。」
「・・・・・うん。」
わたしは、情婦だ。
私は、カシムの、女だ。
カシムには、他にもたくさんの女がいて、そのどれにも、私と同じ行為をしているのだと、わかる。
それでも、私には、カシムが、特別だった。
口から出た、ただの戯言だと、わかっているけれど、早く、早く、いつか、いつか、私を、買って、あなたのものにして。
そんな願いが、収まらない。
「霧の団は、順調?」
そう言うと、カシムは驚いた顔をする。
「なんだ、知ってたのか。」
「ちょびっとね。」
うそ、前に霧の団のメンバーの客が来て、全部教えてもらった。
「ま、他の奴らには、内緒にしていてくれよ。」
秘密、カシムの人差し指が、私の口元に当てられ、柄にもなく、ときめいてしまった。
でも、他の奴ら、という言葉に、不快感が生まれる。
カシムは、他の奴ら、にもこういうことを、するのだろうか。
「霧の団の活動、終わったら、来てくれる?」
「あぁ、来る。」
そう言うカシムの瞳には、絶対、という意思があった。
「・・・・・他の女の子のところにも、行く?」
カシムは、少し、目を細めた。
「・・・・・・・・ああ、行く。」
知ってたけど、やっぱり少し嫌だ。
この後も、行くのかもしれない。
カシムの本当の言葉が嬉しくもあり、悲しくもあった。
そんなとき、カシムは何を思ったのか、腰を屈め、憂鬱な私の顔に目線を合わせた。
ちょっと驚いた。
目を見開いてしまう。
そんな私に気にも留めず、じっ、と見つめてくる。
そして、強い意志を感じさせる目で、
囁いた。
「でも、なまえが一番な。」
だから、カシムは、特別なんだ。
涙が、出そうになった。
◇◆◇
どれくらいの時が過ぎただろうか。
カシムとの会話は、結局それが最後だった。
あの日、私がいつになく饒舌だったのも、何かを感じていたからなのかもしれない。
霧の団が、壊滅したと、どこかで聞いた。
国を治める人が変わったと、どこかで聞いた。
それでも、私は、待っている。
カシムが知ったら、笑うだろうか。
くだらない、って。
だけど、ね、
約束、したから。
「全部、終わったら、一番目に、」
必ず、会いに来てね。
ずっと、ここで、待っているから。