BLノベルコンクール

□吉田ナツ先生 「スウィート・ダーリン」
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「吉野」
 陸の声が耳元でした。ひそやかな、どこか甘さを含んだ恋人の声。
 秋都は全身全霊で寝たふりをしている。背中はじっとり汗ばみ、心臓は激しく収縮を繰り返しているが、とにかく目を閉じて、じっとして、陸が手を出しやすいように。
 覆いかぶさってくる気配がして、軽く頬をかすめた柔らかな息に、もうちょっとで変な声が出そうになった。今度は唇にキスしてくれるはず。陸とキスするのは三回目だ。でも今日はいつもの触れるだけのキスじゃなくて、もっと深い、もっと特別の、もっと違う…
「吉野」
 二度目の声に、どきどきしながら待っていると、いきなり頬をぶにゅ、と引っ張られた。
「い、痛っ!」
「やっぱり起きてたのか。なんで狸寝入りしてるんだ?」
 不審そうな声に真実を衝かれて、秋都は飛び起きた。
「たたたた狸寝入りなんかしてな」
「悪いけど、そろそろバイトの時間なんだ」
 いつものクールな声で言われて、秋都は慌てて壁掛け時計を見上げた。
「うわ、もうこんな時間?」
「うん。送ってくから用意して」
「え、いいよ、悪いよ。一人で帰れる」
「同じ方向なんだから遠慮しなくていい。それより、早く!」
 もと生徒会会長でバスケ部部長で文化祭実行委員長だった陸は、指示することに慣れている。きっぱりした声に、秋都は反射的にボディバッグを引っつかんだ。
「せかして、悪かったな」
 学生向けのワンルームマンションの駐輪場は、いつもながらごちゃついていた。陸は愛用のカワサキ250を自転車やスクーターの群れから引っこ抜きながら、すまなさそうに謝った。
「ううん」
 がっかりしていたのに、陸と目が合うと、それだけで秋都は焼きたてのトーストに乗せたバターみたいにとろけてしまう。
 なんてカッコいいんだろう。
 大きな二重の目に形のいい唇、一つ一つのパーツは美人モデルといった感じだが、陸は表情がきりっと男らしく引き締まっているので、女性的な感じは微塵もない。見た目もパーフェクトだが、陸の真面目な性格も秋都は大好きだった。
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