Season2

□チェンジ!
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愛されることと嫌われることは、どちらがより難しいのだろう。

当たり前だけれど、私は、誰かに愛されたいと願ったことはあっても、その逆はない。

“通話終了”のボタンを指先で少し乱暴に弾いてから、窓越しに、フィリップ王国の夜空を見上げる。

新月の夜でありながら星ひとつ見えない暗闇は、私の先行きの暗さをも暗示しているようで、ため息しか出ない。

―― ちゃんと嫌われているでしょうね?

電話の向こうで念を押した、ミナの言葉が耳に残る。


いとこのミナと私は歳が近く、幼いころから双子と間違われるほどに顔も、背格好も、声までもよく似ていた。

違うところといえば、ミナは緑がかったブラウンの髪で私が黒髪であるところ、それとなにより、生まれ育った環境……だろうか。

ミナはオリエンス屈指の財閥、ヨツビシコンツェルンの令嬢だ。

対して私は、生まれながらの庶民。

いとこ同士でありながら身分違うのは、私の父が、母との結婚を大反対されたことをきっかけにヨツビシの本家を飛び出して、一般人としての生活を選んだからだった。

父がヨツビシの直系として要職にでもついていれば、私も“ご令嬢”だったはずなのだが、そうすると父は母と結婚せず、私も生まれないということになるから、まあ、この身分に納得はしている。

けれど、なにしろ困りものなのはミナだった。

彼女は、互いに容姿が似ていることをいいことに、やれキープ男とのデートだの、大学の代返だの、面倒なことをみんな私に押し付けてくる。

断ってしまえばいいのだろうが、私にはミナを無下にはできない理由があった。

数年前、私の留学の費用を貸してくれたのは本家、すなわちミナの父親だった。

当時のミナが「援助してあげれば?」と一言、彼女の父親に口添えしたことをずっと恩着せがましくちらつかせ、ミナはいまだにあれこれ無茶な身代わりを頼んでくる。

……それにしても。
今回ばかりは驚いた。

突然ミナに本家の邸宅に呼び出されて行ってみれば、“自分の身代わりとして、フィリップ王国へ、お妃候補のひとりとして向かってくれ”というのだから。

あのとき、目をしばたたかせる私に、ミナは悪びれもせずに言った。

「王妃になるなんてまっぴらよ。私にはお金があるのよ。
わざわざ、いつも監視されて、自由をなくすような生活なんかしたくないわ。

フィリップからお妃候補として指名はされたけど、私にとってはただの迷惑でしかないの。でもだからといって、あからさまに断るわけにはいかないでしょ。
あちらは王家なんだし」

ミナは優雅に弧をえがく眉の片方を吊り上げた。
どうやら、ミナには意中の男性がいるようだった。

裕福なそっちの彼と結婚して不自由なく暮らしたほうが、王室に入るよりよっぽど人生を楽しめるのだろうと、私にも想像はできる。

ミナは、立てた人差し指を揺らして続けた。

「で、いいこと思いついちゃったわけなの。いつもみたいに、私の代わりになってくれない?

アンタがフィリップに行くの。難しくなんかないわ。
お妃に選ばれないように、ヘンリー様に嫌われればいいのよ。
大丈夫、替え玉だなんてバレやしない。

私の親も仕事でしばらく帰ってこないから、私がここに残っていても誰も不審には思わないし」

私は口をつぐんだ。
バレるとか、バレないとか、王子であるとか、そうじゃないとかではなく、人をだますこと自体が気がすすまない。

けれどもミナは、ダメ押しするように、私のほうに身を乗り出して意地悪な笑みを浮かべた。

「もしうまくいったら、留学費用の借金、全部チャラにしてくれるように私がお父様に頼んであげる。お父様は私に甘いから、全額チャラになるわよ。どう?悪くないでしょ」

ミナはいつだってお金にものを言わせて私を服従させようとするけれど、私は自分のプライドにかけて報酬をもらったことはない。

その結果、タダでいいように使われているだけなのだが。

でも、今回はいくぶん心が揺らいだ。

ヘンリー様という、フィリップ王国が世界に誇る王子に、嫌われさえすれば、
父と私とで返済している留学の負債が、ゼロになるかもしれないのだ。

私が扮するミナが気に入らないなら、ヘンリー様はほかの令嬢と結婚するだけのことで、ヘンリー様が傷つくわけじゃない。

「……わかった」

私はしばしの沈黙のあと、うなずいた。

「じゃあ、さっそく明日ここを発ってね」

ミナが、さも、承諾は当然だといわんばかりに、尖ったあごを上げた。

彼女の適当すぎる説明によれば、世界から集められた5人の候補の女性たちは、3ヶ月のフィリップ城の滞在中に王子との交流を深め、最終日のパーティーの夜、王子が選んだダンスのパートナーがプリンセスになる、ということらしい。

「とにかく、嫌われて、選ばれないようにしてよ。はい、いつものウィッグ」

ミナはブラウンのウィッグを私に放りなげた。

この髪色になれば、私はどこからどう見てもミナだ。

……やるしかない。
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