Season2
□ふたりの。
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「そーんなに悩むことかなぁ。ニコッてして、ありがとって言って、家に買ってから『今日はとっても楽しかった』ってLINEしとけば十分なんじゃない?」
昼下がりのカフェで、隣あって座るサラは、私の相談事が心底不思議だとでもいうように首を傾げた。
甘え上手で、小悪魔チックな彼女には、私に備わっていない数々のスキルがある。
「男はね、そういうところで優位に立っていい気分になる生き物なんだから、相手がいいよって言うなら気にする必要ないと思うけど」
サラは私の前で、人差し指を揺らした。
「うーん。だけど毎回毎回、おごってもらうっていうのもどうかと思うんだよね」
「ま、確かにうちの店の給料で、ずっとおごり続けたらクオンくんも苦しいかもね。デートのために、実はご飯抜いて節約してたりして」
「……え」
私は息を詰めた。
今の私にとっては笑えない冗談だ。
同じ職場だからゆえに、幸か不幸か、相手の懐具合はよく知っている。
サラが、私の表情筋がこわばったことに気づいて肩を叩いた。
「ウソウソ。だって、ほら、そこは王子でしょ。心配なんか要らないよ」
「うん……だよね」
笑い飛ばす彼女を前に、これ以上のお悩み相談は無理だろうと、私はあいまいにうなずいた。
金額の問題だけじゃない、デートのたびのモヤモヤとする居心地の悪さをどうしたらいいのか、私に解決策はない。
私は、すっかり冷めてしまったコーヒーをひとくち、喉に送り込んだ。
クオンくんと付き合いだして2か月。
休みの日が重なれば、食事をしたり、映画を見たり、買い物をしたりと、交際はすこぶる順調だ。
ひとつだけ、私の戸惑いを除いては。
争いというわけではないけれど、昨日も少しもめた。
ランチはクオンくんがカードをきって、衝動買いをした髪留めはレジのトレイに私より先にクオンくんが、クルス札を置いた。
さらに、少し贅沢をしたディナーでもクオンくんが財布をひらいた。
「クオンくん、ここは私が。朝からずっと出してもらってるし」
「いいよ」
「だって」
「いいって。レジの前で、出す出さないっておばさんみたいだろ。あ、会計お願いします」
「クオンくん……」
一度は出したお財布の行き場がなく、私は仕方なくそれをバッグにおさめる。
まだ数回のデートだけれど、毎回、同じパターンだ。
気にすることじゃないのかもしれないけれど、気になる。
平気になれない自分がいた。
こんなとき、恋愛経験が少ない自分が恨めしい。
なにしろ前回は、ゼロ円公園デートが当たり前だった高校時代なのだから。
私はサラと別れたあとに、気の向くままに街を歩いた。
彼氏ができたというだけで、さして興味もなかったショーウィンドウの服が気になるのだから不思議なものだ。
私は、通り沿いのウィンドウを丁寧に眺める。
「あ」
ふと目についたそれに、私は小さく声をあげた。
……ひらめいた。いい方法かもしれない。
もしかしたら、お悩み解決の救世主になってくれるかもしれないそれを求めるために、私はショップのドアを開けた。
「え、俺に?」
次の日、店の休憩室で先に休憩に入っていたクオンくんに、私は小ぶりの包みを渡した。
クオンくんは、箱と私を交互に見て、目をしばたたかせている。
クリスマスのプレゼントには早すぎ、贈り物をするにはなんの理由もない時期である。
「クオンくんにっていうか、ふたりで使おうかなって思って。開けてみて?」
私がうながすと、クオンくんは整った指先で丁寧に包みを解いた。
ふたをあけると、二つ折りの、シンプルなユニセックスの黒い財布があった。
昨日、ウィンドウに飾られていた財布だ。
内側はブルーで、開けた瞬間の鮮やかさが気に入っている。
「ふたりのお財布にしようと思って」
私は言った。
「ふたりの……財布?」
クオンくんが首を傾げる。
「うん。私もクオンくんも、そのお財布の中にお金を入れるの。
ふたりで会うときは、そこから出せばいいかなって。そうすれば平等でしょ」
「いいって言ったのに」
怒っているわけでも、歓迎するわけでもなく、クオンくんはフッと息を吐いた。
「うううん。私が困るの。
私、クオンくんと行きたい場所も、やってみたいこともいっぱいある。
このままだと、遠慮して、あそこに行こうとか、やってみようとか、言えなくなる。だから、このお財布、使って?」
言い募った私に観念したのか、クオンくんはうなずいた。
「わかった」
押し返されることも覚悟していたけれど、どうやら私の気持ちはくんでもらえたようだ。
「にしても、変なところで律儀だよな、アンタって」
クオンくんが肩をすくめた。
「ま、そこがいいんだけど」
「え?」
「何でもない」
私も照れくささから、聞こえた言葉を聞こえないふりをする。
両方とも照れ屋となると、付き合いも少々難しい。
「あ、そうだ。俺からも渡すもの、あった」
一瞬ほほを染めたクオンくんがポケットをまさぐり、小さな何かを私の手のひらに置いた。
「これは……」
「俺の部屋の鍵。いつでも好きなときに遊びにきていいから」
「!!」
動揺のあまり、口から出てくるのは、「え、あ、が」となんの意味もなさない音だけだ。
クオンくんの部屋にはまだ、入ったことがない。
彼が息づく、プライベートな空間を思うだけで、ドキドキと胸が高鳴る。
「ちょうどよかったかもな。おうちデートってやつなら、アンタがいろいろ気にすることもないし」
「おおおお、おうちデート!?」
「声、裏返りすぎだろ」
クオンくんが声をたてて笑う。
「もうっ、笑うことないでしょ」
私は拳で、ぽかぽかとクオンくんの胸を叩いた。
耳まで熱をおびた真っ赤な顔を見られたくない。
「おい、やめろって」
私に叩かれるまま、ひとしきり笑ったクオンくんは、不意に彼の瞳を真剣にして私の手首をつかむと胸に引き寄せた。
ふわりと鼻腔をくすぐる、彼の香り。
「クオン、くん……」
「……今夜、俺の部屋、来る? アンタさえよければ……泊っていってもいいから」
クオンくんの掠れたバリトンボイスに、私の心臓が内側から胸を激しくたたきはじめた。
もう、子どもじゃない。
いつかは、きっと、クオンくんと、深く、繋がる。
ふたりの財布、ふたりの部屋、ふたりでひとつの……輪郭。
これからは、少しずつ、ふたりでひとつが増えていく。
あたたかな幸せに満たされて。
私は、クオンくんの想いにこたえるように、彼の背中にそっと手を回した。
2017/12/16
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