明治東亰恋伽

□序章 始まりの赤い月
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今日の月は,満月だった。赤くて真ん丸い,妙に妖しげな満月だ。暗い夜空にぽっかりと穴が開いたかのように,その月は妖しげな光を放っている。

私は,そんな月を眺めながら家に帰っていた。何故こんな時間まで出歩いていたのか分からない。けど,多分あの月に見惚れてしまい,こんな時間になってしまったのだろうと,内心こじつけのように思い込んだ。

…にしても,今日はやけに空気が重い。満月のせいもあるだろうけど,何かの兆しを思わせるような重い空気が辺り一面に漂っている。


(早く帰らなきゃ…)


家でみんなが待ってる。早く帰らなきゃ,お母さんとお父さんに叱られる。そう思った途端,歩幅が大きくなった。呼吸が早くなった。でも,重い空気のせいで息苦しい。この空間から抜け出したい一心で,私の足は一層早くなった。

そんな中,どこからか賑やかな音が聞こえてきた。


(この音……お祭りかな……)


笛の音や太鼓の音が,私の鼓膜を震わせる。私はその音に吊られるかのように,足をその音の方へと運んだ。


(公園……?なんでこんな所でお祭りなんか……)


そこは,広くも狭くもないどこにでもあるような公園。そんな所で時期でもないお祭りが開かれていた。
通りには,お馴染みの出店がたくさん建ち並んでいて,その周りには浴衣や甚平を着た人がわんさかと出向いている。たこ焼きにりんご飴,綿菓子に金魚すくいと,心惹かれる出店ばかりが私の目の前に建ちはだかる。


(10分…いや,5分くらいならいいよね)


欲望に勝てず,私は5分という限られた短い時間だけお祭りに参加する事にした。

出店に目を奪われていると,人だかりの向こうから歓声が聞こえてきた。


「さぁ,寄ってらっしゃい,見てらっしゃい!只今より,世紀の大マジックショーが始まるよ!」

(マジックか……。これ見たら,帰ろうかな)


世紀の大マジックショーという肩書きに連れられ,私は人だかりに紛れ込んだ。そこでは,大きな舞台に立った奇術師が高帽子と杖を手に持ち,マジックを披露していた。3,2,1…というカウントダウンの後,帽子から出でたるは,鳩にウサギに猫。時には象やライオンまで出てくるという始末。胡散臭い格好してるけど,中身は本物だった。

一通りのマジックを終わらせた奇術師は,最後の締めを飾ると見られる大きな箱を取り出した。


「さて,これが今日の大トリマジックだよ!ここにあるは,何の変哲もない箱!人一人はすっぽりと入ってしまいそうだねぇ。今からこの箱の中に,ここにいる誰か一人を入れようと思います。もちろん入りたい人に入ってもらう訳だけど……」


そう言い回しのように説明をする奇術師。怪しく感じながらも,さっきまでの実力を見知った私は,説明に耳を傾けていた。


「この箱に入り,僕が三つ数えると……なんと,姿形全てがこの世から消えてなくなってしまいます!さぁ,誰か勇気があるお方はご参加下さい!」


消えると言っても,基本こういうマジックには仕掛けがある。箱の底が抜けたり,本当は入ってなかったり…なんてのが当たり前だ。

そう思っていると,舞台にいる奇術師と目が合った……気がした。いや,はっきりと目が合っている。不思議と目を逸らせない。私は嫌な予感を胸に宿らせた。


「では,そこの可愛らしいお嬢さん!こっちに来てくれないかな?」


やっぱり…。
周りの観客は私に向けて,歓声を浴びせる。

がんばれー!帰ってこいよー!

そんな声に押されて,私は舞台に上がった。


「さぁ,お嬢さん。この箱に入って」

(こうなったからには,入るしかないよね…)


限られた時間はとっくに過ぎている。でも,もう引き下がる訳にもいかない。私は意を決して,箱の中に入った。



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