キセキで大奥

□桃井編
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〜もしも、桃井さつきが男だったら〜



大奥に新しい部屋子が入りました。

ただ……その部屋子は少し普通の部屋子とは違うようです。





「鞘ちゃ〜ん、今日のお昼御飯は鯖の味噌煮だよ〜」

そう言いながら、上様付の部屋子である桃井は御膳を抱えて鞘の部屋へ入ってきた。

桃井の明るく可愛らしい笑顔に、鞘も笑顔で言葉を交わす。


「そうか、それではもう少しだけ待っていてくれないか?急ぎの書簡があるのだ」
「うん!モチロン!私も鞘ちゃんと食べたいもん!あ。それとテツ君も呼んだんだけど、三人で一緒に食べてもいい?」


桃井はおそるおそる私の表情を伺うが、私が桃井のお願いを無下にする筈がない。


「ああ、いいよ」


そう言うと、桃井は再びパッと表情を明るくさせて、ありがとう鞘ちゃん!大好き!と言うと、嬉しそうに抱えていた御膳を三人で囲めるように並べていく。

私はそんな桃井の様子を微笑ましげに見ながら、再び書簡に筆を走らせた。





桃井の容姿や口調は上様を演じている鞘から見ても可愛らしい。

しかし、実を言えば桃井は歴とした男なのである。

最初は鞘も桃井を女人だと勘違いしていたが、ある日訪ねてきた青峰の桃井へのセクハラによって思いもよらぬ内に発覚した。

そして、可愛らしくとも男の桃井にセクハラをしてしまった青峰は、数刻の間、そのショックから中々立ち直る事が出来なかった。

……最後には、赤司が紫原に命じて青峰を自室へと強制的に連れ帰らせた。

しかし、その真実を知った私はと言うと、別段、桃井が男だったということにショックを受けることはなかった。

桃井は本当の女人よりも女人らしく見えるし、一緒にいて話をするのも楽しい。

女友達を作ることの出来ない鞘にとって、桃井は気のおける友人のようなものなのだ。

性別など鞘にとっては、なんの問題でもなかった。






しばらくすると書簡を書き終えて家臣へと引き渡し、いつの間にかすでに部屋に来ていた黒子と桃井の三人で食事を始めた。


「鞘ちゃん。この梅干し美味しいね」
「そうだろう?紀州から取り寄せている梅の実だからな」
「テツ君。口元にご飯粒ついてるよ!私が取ってあげようか?」
「いえ、結構です。自分でとれます」
「え〜…でもそんな冷たいテツ君も好き!あ。でも鞘ちゃんはもっと好き!」
「はいはい。ありがとうね」
「あー!!鞘ちゃん信じてないでしょう!?本当だよ!!」
「はいはい。わかってるわかってる」


黒子にのろけていたと思ったら、急にそう私に力説しだしたので私は適当に相槌を打ちながら御飯に箸をつけて味噌汁を飲む。

お〜…今日は一段と御飯が美味しい。

そんな呑気なことを考えていたら、次の瞬間桃井から思いもよらない発言をされた。


「本当に本当だよ!!私ね…初めて抱かれるなら絶対テツ君か鞘ちゃんが良いと思ってるんだから!!」
「ブッ!?」


思わず、口の中のものを吹き飛ばした。

食事の席で何を言い出すのだ桃井は!?


咳き込む私の背中を優しくさすってくれた黒子は、まだ恥ずかしげに頬を染めて自分の発言に照れている桃井に頭を下げた。


「そんな風に言ってもらえるのは光栄です。丁重にお断りさせて頂きます」
「え〜?ひどいよテツ君!!一世一代の乙女の愛の告白なのに〜…でも好き〜」


キャッキャッと女の子みたいに嬉しそうに笑う桃井を、横目で見ながら私はようやく落ち着きを取り戻した。

隣では桃井の嬉々とした様子を平然と見ながら、何もかなかったかのように黙々と御膳を平らげていく黒子がいて、私は密かに…つ、強い。と、畏敬の念を抱いた。


「鞘ちゃんは?」
「?何が?」
「もう!だから、鞘ちゃんは私の純潔貰ってくれる?」
「え…」


いや、なんと言えば良いのだろう…?

先程の黒子みたいに上手く言えればいいのだが、生憎私はそんなに口が達者ではない。

そもそも私が桃井を抱くのは無理ではないだろうか?……いやいや!その前に私は桃井とそういった関係になりたいのか?!?

腕を組みながらウ〜ンと頭を悩ませて真剣に考えている鞘を見て、桃井はクスリと微笑むと目の前の御膳を避けて鞘に近付くと、やや下から見上げるような状(かたち)で妖艶な笑みを鞘に見せた。


「私と褥(しとね)を共にするのは嫌かな?」
「〜〜〜〜〜〜っ!?」


いつもの桃井とは違う妖しげな笑みに、私は頬を真っ赤に染め上げ、心臓をバクバクさせながら、更に返答につまり言葉が出ない。

な、なんでこんな色っぽい笑みを私に向けるのだ!? そして、何でこんなに顔が近いの!?

慌てふためく私を、桃井はまるで愉しむように離れようとせず、体が固まってしまって動けない私の腕をスルリと撫で上げてきた。

な、なんでかわからないけど、逃げられない!?

肉食獣に岩壁へ追いつめられた草食獣のように、何かを諦めかけた鞘の元に天からの助けが降ってきた。


「……桃井さん。僕まだいますけど?」
「え〜…テツ君も一緒にヤらないの?」
「やりません」
「二人が悦べるように私頑張るよ?」
「お断りします」
「え〜?………………ちなみになんで?」
「こんな昼間からしたら赤司君に怒られます」
「あ。ナルホド」


それもそっか〜…残念。と言うと、桃井は既に半ば肌けさせていた鞘の着物を名残惜し気に調えて、未だに固まっている鞘にいつも通りの笑顔で微笑んだ。


「この続きはまた後でしようね?鞘ちゃん?」


その顔は笑っていたけれど、瞳は真剣そのもので……鞘は自分が彼から逃げられないことを悟った。









〜……友人はやはり女ではなく、男でした〜



そして、桃井が鞘へと問いかけた言葉に対して、黒子はちゃっかりと、そうですね。またの機会に日程調整をお願いします。と然り気無く相槌を打っていた。


 

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