キセキで大奥

□青峰編
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現在地。江戸城外堀に近い抜け道。


私は何時ものように江戸城を脱け出して、城下町の視察に向かおうとしていた。

所謂、お忍びと言うやつである。

赤司にはいつも何となくバレているような気はしているが(気のせい?)、咎められたりなどはされていないので、多分大丈夫だろう。


(今日は天気も良いし、気に入りの団子屋にでも…ハっ!?…いやいや、商人の活気な様子を窺うのにも調度良い!決して私は自分のために城下へ行くのでは無いのだ!)


そう自分に言い聞かせ…まぁ、言い聞かせている時点で自分が楽しみにしているということは自覚しているが、そこには目を瞑ると、私は最後の難関の抜け道の壁をよじ登り飛び降りた。







そして、落下地点は……見知らぬ浅黒い男の上だった。


「っ!?」
「あ?ゲッ!?」


男も落下してくる鞘に気付いたものの、残念な事にその時にはもう鞘の足の裏が男の顔面にめり込もうとしていた。


(ヤバイ!!避けられない!?)


鞘は最悪の事態を想像して、次にくる足の裏への男の衝撃に備えたが、驚いたことにその最悪の事態が鞘に起こることはなかった。

「……おい?大丈夫か?」
「………………え?」
「高いところから降りるときは落下地点に気を付けろよ。危ねぇだろうが」
「あ、ああ…すまぬ。次からは気を付けよう」
「おう。そんじゃあな」


そう言って、彼は私に背を向けるとその場から居なくなってしまった。


「…………何が起こったの?」


確かにさっき見た時には、彼の顔面は私の足下に迫っていた筈なのに、気付いた時には彼の腕に抱き止められていた。

それは、まるで先程見た自分の情景が白昼夢だったのではないかと思えるような気がするほど……だが、あれは夢などではない。

そうして私の考えがひとつの答えに行き着くと、私は城下町ではなく、江戸城に向かって走っていた。








「赤司!赤司!赤司!」
「…部屋の外では春日と呼べと言っているだろう?何度言わせれば覚えるんだ……」
「すみません!!春日様!!学習能力の低い上様で御免なさい!!だから、裁ち切り鋏を向けないで!?」
「ふん……それで君から僕に用事とは珍しいな…何かあったのかい、上様?」
「江戸城に武芸の指南役として雇いたい男がいるのだ!!探して今の指南役と替えてくれ!!」
「……何だって?」
「だから!腕の立ちそうな凄い男をさっき見つけたの!!なぁ!?春日ならその男を探し出すことなど造作もあるまい!?」


私の言葉に赤司は少し思案した後、何故か一度チラリと庭へと視線を向けてから、私を見据え直して聞いてきた。


「……その男の容姿と特徴は?」
「瞳と髪が瑠璃よりも濃い群青色で、顔つきが精悍な男だ。まるで野性的で美しい獣のようで!!あ!!肌は浅黒…」「もういい。五月蝿いから黙れ」「はい!!」


(何さ!!赤司が言えと言うたのに!!意地の悪いやつ!!)


勿論、こんな悪口を赤司本人がいる前で口に出すほど命知らずな真似はしなかったものの、赤司は何故か険しい顔をして、先程まで生けていた梅の枝を片手でへし折ると、花が途中まで生けてある花瓶を掴み、庭の木の幹に投げつけた。

あまりにも一瞬の出来事で、私は赤司も先程の男と張り合えるのではないかと思わず感心した。

そして、高価な唐子の花瓶は鞘の予想していた通り、甲高い音を響かせて無惨にも庭へ破片を砕け散らせた。


「……………」
「……………」


触らぬ神に祟りなし。怒れる赤司に触るな厳禁。

鞘は赤司が話し掛けるまで沈黙を貫き続ける。


(……もし、赤司に断られたとしても自分で探そうかな…)


大奥に住む男達の鍛練のためにも、あの男を獲たい気持ちは赤司の怒りを見ても変わらない。

それに自分もあの男に鍛えて貰えたら……

彼との出会いを思い出して、胸が弾んだ。

強い男は好きだ。真っ直ぐなあの瞳を持つ彼と試合たい!!


「……いいよ。探してあげよう」
「…え?」
「僕がその男を探してあげるよ。大事な上様の頼みだしね」
「!ありがとう赤司、いや、春日!!恩に着るよ!!」
「それは一生と考えても良いのかな?」
「……すみません。三日分でお願いします」
「いいよ…それで充分な働きを返して貰えればね」


そう言って、赤司は滅多に見せないニコリとした笑みを向けてきた。


「それじゃあ、今すぐ政に取りかかってもらおうか…ああ。それと僕抜きでのお忍びももう許す気はないよ?」
「え゛っ!?」
「今日まで見逃してあげていたんだ…もし、僕との約束を破ったら…わかってるね?」
「はい!!すみません!!頑張ります!!」




ティロリロリン♪

鞘は春日に逃亡スキルを奪われた。







〜再会の代償は高くつきました〜




鞘が赤司の執務室から立ち去った後、赤司は庭へと進み出ると恐ろしいほどの怒気を含ませて花瓶をぶつけた木に言葉を掛けた。


「青峰…どういうわけか説明して貰おうか?」
「…何がだよ?」


木の裏から、先程鞘が会った男…青峰大輝が姿を現した。


「僕は密かに上様を守れと言ったはずだ。何故接触を許した?」
「仕方ねぇだろ?上様の後追ってたら、俺が入れないような抜け道通ってどこか行っちまうし」


抜け道の出口に目星をつけて探してたら、頭上から降ってきたんだよ…

そう言って、青峰は足下の花瓶の残骸から欠片を一つ取ると、柱の影に隠れていた黄瀬涼太に向けて放った。


「うわっ!?」


欠片は黄瀬が避けたことで、障子を突き破り漆喰の壁に突き刺さる。


「…へぇ?やるじゃねぇか…大奥に入るのが楽しみになってきたぜ?」
「お前は武芸の指南役だろう?」
「上様が気に入ったんだよ。…まぁ、胸はもう少し欲しいけどなぁ…揉めば育つらしいし?」
「………」
「お前だって、俺の狙いがわかってっから怒ってたんだろ?」

ニヤリと笑う青峰には応えずに、赤司は無言で先程青峰に攻撃を受けた黄瀬に視線を向けた後、口を開いた。

「黄瀬。立ち聞きしていた罰として、青峰の部屋の準備を手伝え」
「え?俺がッスか!?」
「……断るのか?」
「イエ!ヨロコンデ!!」










……こうして、大奥に新しい武芸指南役がやって来ることになったのだった。


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