キセキで大奥

□もしもの世界
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〜もしも、赤司との間に子供が産まれたら〜







少しだけ…

こんな日が来るのではないかと思っていた。


「産まれたか…」


彼の静かな言葉は、部屋のむせ返るような空気の中へ微かに触れて解ける。

しかし、その微かな声は疲労困憊している鞘の耳には嫌にはっきりと聞こえて、閉じている瞼越しにもその存在感はハッキリと感じた。

長い産みの苦しみに解放された自分の意識は、既に混濁しかけている。

それでも、疲れた身体と汗で霞む視界の中、声の主を探すと、腕に産まれたばかりの赤子を抱いて立っている赤司の姿を見つけた。


(……何故、ここにいるのか?)


産場に足を踏み入れた事など、一度もなかった赤司の登場に鞘は訝しげに赤司を見つめる。

彼は鞘の産んだ赤子を腕に抱いたまま、しばらく眺めた後、その感情の読み取れない視線を鞘へと向けてきた。

その瞳に冷たさはない。

しかし、その奥に暗く澱んだ感情が潜んでいる事を、鞘は知っていた。


「…赤司」
「……今回の子は、君にとっても、僕にとっても利用価値の高い駒にはなりそうだ」


そう言って、赤司はまだ動けない鞘の傍へ赤子を置くと、枕元に置かれていた桶の中へ手を伸ばす。

小さくパシャ、パシャと水音をたてて汚れた手を洗い、取り出した手拭いで赤司は指に付いた水滴やこびりついた血を拭った。

そんな彼を黙って見ていた鞘は、視界の端で泣くこともなくモゾリと動いた赤子の事が気になって、布団の上から震える腕を持ち上げる。

産着にくるまれた自分の子供の顔を、無性に見たくなった。


(…どんな子だろう?)


あの赤司に産まれながらに“利用価値が高い”と言われた子など、これまでいない。


だから、気になった。


そして、そんな鞘を黙って見つめる赤司に見守られながら、産着の端を摘まんで捲る。


「……」


自分の体内から産み出された我が子の顔は、誰に似ているのかもわからないほど、くしゃりとしていて判別出来ない。

しかし、それは問題ではなかった。

それ以上に、この赤子の父親が誰かわかるものが、その頭部に生えていた。


「……」


それは、赤子にこびりついた自身の血によって汚れた色ではない。

鮮烈で……よく知った赤い髪。

その鮮やかな髪と同じ色を持つ男は、この大奥には一人しかいない。


だが……何故?


理由がわからず呆然と赤子を見つめ続ける鞘。

赤子へ釘付けになっている鞘の視線に気付いていながら、赤司は口を開くことなく新しい桶から絞り上げた手拭いを取り出し、赤子の汚れを拭っていく。

……本来なら、産婆の仕事の筈なのに。

そう思った鞘が、その人物を探すために視線を室内へ巡らせると、部屋の片隅に生気の感じられないうつ伏せの人影が見えた。

瞬時に、彼が何をしたのか理解した鞘は、咎めるような視線を赤司に向ける。


「……赤司、お前」
「無能な奴はいらない」
「私の体の問題だろう?あの者は関係ない」
「君に問題はない」
「だが」
「……僕に意見するのか?」


赤子から視線を外し、鞘へ向けられた赤司の視線と玲瓏な声に、身体に染み付いた恐怖が全身を支配した。

顔から血の気が下がり、唯でさえ辛い身体の重みが増す。

微かに身体を震わせて怯える鞘の反応に、これ以上は産後の身体に悪影響を与えると判断した赤司は自ら視線を逸らした。


「…君は大人しく休んでいろ」


そう言って、その場から立ち上がる赤司。

しかし、鞘はその袴を反射的に掴んで、彼が立ち去るのを引き止めた。


「…離せ」
「頼む……1つだけ答えてくれ」


何故、お前は私にお前の子を産ませた?


その問いに、赤司は初めて双眼に感情を滲ませ……

そして、吐き捨てるように答えた。


「試しただけだ……君が無能かどうかを」


その言葉を最後に、赤司は鞘から離れて部屋を後にする。

ヒヤリと下がった室内の空気に、鞘は涙で歪んだ視界を隠すように布団の下へ潜り込む。


……決して、期待したわけではない。

ただ、その理由を知りたかっただけだ。

そう、ただそれだけ…


なら、何故自分は泣かなければならないのだろうか?


赤子を目にした時、微かにだが喜びを感じた。

しかし、鞘はその思いを掻き消してしまうほど打ちひしがれて、涙と嗚咽を溢しながら深い眠りと疲労の底へと沈んでいった。





〜彼の思考を理解出来ない……〜



リクエストありがとうございました。
 

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