中編集

□再会【土方歳三の場合】
1ページ/2ページ




長い冬も終わり、蝦夷にも…




いや、北海道にも春がやって来た。


戦が終わってから幾分が経ったが、俺はこの地を離れるわけにはいか なかった。


既に遺髪を故郷にいる姉さんたちに渡しちまったのも一つの理由だ。


もう一つは、簡単に言うと海を渡る手段が無い事。




俺が戦の途中で気を失っている内に、大鳥さん達が用意してくれた俺 の最後の住処は、少し村から離れた山奥にあった。



山のあちら此方には山桜が咲いていた。



俺が好きな春…





とうとう一人で見ることになっちまったんだな…


そんなことを思っていた。
春の月が綺麗に出た晩の事。俺が住んでい る所に、一人の訪問者がやって来た。




「誰だ…」





その日は春の時期だというのに、火鉢を出さないといけねぇくらいの 寒い日だった。


家の隙間から少し寒い風が吹き込んでくる。何か布でそこを塞ぎたく て、何か良いものがないかを探していたとき。



風が起こしたものだったとしても、何かが当たったのが、二回も聞こえた。聞き間違いなわけはねぇ…




誰かがいる… 残党狩りの連中か…




「副長、俺です。」




それは意外な声だった。 本来なら、もう一生その声を聞くことはないだろうと思っていた声…





「斎藤…」



そう俺が応えると、家の扉が音をたて、スッと開かれた。 家の扉が開くと、冬でもねぇのに、雪が降っているようだった。




その中に、一人佇んでいる斎藤は、少しやつれたような顔立ちになっている。



「お久しぶりです。」




家の扉を閉めながら、そう斎藤は言うと、少し微笑んだ。




「…久しぶりだな。斎藤…」




囲炉裏の近くの席を勧めると、斎藤はゆっくりと足を進めて、俺の近 くの席に座った。



「寒くなかったか…」



「いえ、寒さには慣れてきましたから…」



聞けば斎藤は、斗南の方で過ごしていたらしい。そこは海風も酷いという所だ。


会津いた他の同志達と共に謹慎という形で育ちの悪い田畑を耕していると話してくれた。





着ていた上着に僅かながら雪がついていたのを掃って。 火の近くで温める。




「すみません、副長。」



「もうそんなんじゃねぇよ…昔みたいに…」



「はい…土方さん」



その後、俺は飲めねぇのに熱燗を出し、近状報告などをしながら、気付けば春の月も真上に来る時間になった。




「そういえぁ…」

「はい」

「どうして此処が分かったんだ?」



そう、疑問に思っていた。ここは数少ない者しか知られていない家 だった。村との関わりも少ししかいない。




それなのに、どうして斎藤が…


「実は…」











「お、大鳥さんが…」



「はい、俺がこちらに来た時、偶然…」



なんでも、此方に渡った際に船で出会ったらしい。



「そうか…」



「はい、それから大鳥さんから伝言を預かりました。」



「何だ。」



「それが…」



「……」



「わ、忘れてしまいました…」


無理も無かった。再会してから数時間。酒も入って、思考が狂い始め ているのだろう。


斎藤の頬も、ほんのり赤くなっている。 斎藤は申し訳そうに縮こまって正座している。



「…忘れちまったって事は、大した事じゃなかったんだろう。」




俺は斎藤の空になった酌に熱燗を注ぐ。斎藤は申し訳なさを感じなが ら恥ずかしさを隠すため一気にそれを煽る。



「大丈夫か…」

「大丈夫です…」

しかし、そんな言葉とは裏腹に、斎藤の顔は急激に赤くなり、眠く なったのか、段々と瞼が下りていっていた。



「もう寝るか、斎藤。今日は泊まれ」



「し、しかし…」



「そんなんだったら、村に着く前に山の中で寝ちまうだろう。」

「ですか…」

「はぁ…」

確かにこの家に布団は一組しかない、斎藤はその方で気にかけている のではないかと俺は思った。


俺は囲炉裏の近くに自分の布団を出すと、斎藤が持っている酌を取り 上げて、半ば強引に横抱きをし、そのまま布団の中に入った。



「土方さん…」



「副長命令だ。今日はここで寝ろ。」



「し、しかし……」



斎藤はモゾモゾと横抱きから逃れようと身を捩じらせるが、俺はすぐ に解いて。腕枕をするようにして斎藤の頭の下に腕を入れた。



「二人の方が暖かけぇだろ…」



「はい…」

斎藤は囲炉裏方に背を向け、俺の方を向いた。

「土方さん…」


「ん…」


斎藤の体温も相まって、段々と自分も睡魔にやられ瞼が落ちていく。

「おやすみなさい…」

「おやすみ…」





俺たちは抱きしめあうようにして眠っていた。






ほんのひと時の再会。 後数時間すれば、また別れが来る。




せめて、今だけは…この温もりを感じていたい。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ