サイコパス

□アイシテル
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コイツは、何を考えているのか解らない。

同じ執行官になった今も、それは変わることはない。

綺麗で聡明。

おまけに下手に飾らない性格に、人を括って評価することも無く、正直で奔放。

こんな人間が未だに存在しているなんてにわかに信じ難いが、彼女は確かに俺と肩を並べている。


白姫 澪霞(シラキ レイカ)。 15の時にサイコハザードを起こして運び込まれたが、審査の結果、執行官に適正判定が出た。

あっさりと今までの生活を手放して、半年で俺の下に来た。

色相はクリアカラーだが、犯罪係数を大幅に変化させるために常に一人では行動させられないとの事で、当時監視官だった俺が世話係になった。

無論部屋も同室で、白姫はどうとも思っていない様だったが、
「執行官である前に女だ」と主張した俺と、
「女である前に危険人物だ」と主張した宜野座の間で言い合いになったのは忘れない。

結局、今でも同室なんだが。


そんな白姫は、昔の生活をいとも簡単に手放した理由を、俺が執行官になった時に俺にだけ、口外しない事を条件に話した。


産まれは実験室。

誰かは言わなかったが、ある男のクローンとして産まれたらしい。

光すら呑み込むんじゃないかと思うほどの漆黒の髪と、淡い光を放つような深紅の瞳。

生まれながらにして他人の犯罪係数を加算するようで、サイコハザードはその時に起こった。


コイツにとって、常人の「当たり前」は「当たり前」じゃない。

誰かが傍に居てくれることも、両親に愛情を注がれることも、友達と話すことも、美味しい飯を食うことも、何もかも知らないことなのだ。

その過去が無いのだから。


常に他人と関わりながら生きてきた俺たちには理解など出来はしない。

決して特別頭は良くない。

特別運動が出来るわけでもない。


突出したその価値観、同調性。 それこそがコイツの武器だ。

主観的にならないから、感情で何も考えずに行動して失敗したりはしない。

誰もがyesと答えても、コイツだけはnoと答えることもあるだろう。



冒頭に戻るが、俺は監視官から執行官になってコイツの考えが解るんじゃないかと思ったが、やはり違う。

何度コイツと話しても、どこかで想像しなかったことを言う。



「考え事ですか、慎也さん?」



静寂を保っていた車内で、白姫の澄んだ声が自分に向けて放たれた。

現場に向かう護送車の中なのだが、とっつぁんは居眠り、滕はゲーム、六合塚は…わからんが、それぞれ思い思いに時間を潰している。

白姫は酔わないのだろうか、読書を楽しんでいた。

質問を投げ掛けられて横目で見るが、赤い目は未だ異国の文字を追い、焼けたページを捲っている。



「まぁな。 それより、今日は新米が居るんだろ。
あまりいじめてやるなよ」


「あら、監視官だろうが執行官だろうが、後輩をいじめたことなんてありませんよ。
人を女子高の嫌な先輩みたいに言わないで下さい」



座り直して言うと、端正な顔を少し歪ませてニヤリと笑い掛けられた。


絶対にいじめるな、コイツは…


止めたところで大人しく止まるわけもない美人の頬を軽くつねると、思いの外強い力で手を叩かれた。



「…新米さんの情報はとっくにハッキング済みですが、どうも私は好きになれません。
正義だの何だのを語るイイ子なんて、悪い子は嫌いですから」



ハッキング、という単語は聞こえなかったことにしよう。


『悪い子』とは自分の事なのだろう。

決してコイツは間違ってはいないが、自分と違う考えを理解はしても同意なんかは御免だというタイプだ。

あくまで自らを貫く精神は、シビュラまでも無視する。



「着いたみたいだぜ、コウ、姫さん」


「いつの間に起きたんです?
息の根が止まったんじゃないかと心配しましたよ?」


「そいつぁ心配じゃなくて期待だろうが、馬鹿」



縁起でもない事をサラリと口にした黒に後ろからチョップを与えると、案の定鳩尾に肘鉄が。

腹筋を鍛えていなかったら今頃意識は無いだろう。

そんな鍛えた腹に入れた肘が何ともない白姫も中々のモンだ。


雨の中に足を踏み出すと、すぐにテントの下へたどり着く。



「滕と六合塚は俺と来い」


「五十半ばのおじ様と、名前の通りのケダモノと新米監視官の中に私を置いて行くんですか?
冗談はその前髪だけにしてください、真面目だけが取り柄なんですから。 真面目だけが」


「嫌なら嫌と言え。 だがチームは変えない。 何故ならお前と組むと楽だが疲れるからだ。
そして後で反省文を提出しろ」


「私、間違ったことは言っていませんのでお断りします」



着いて早々に繰り広げられた争いはまた白姫が勝利して終わった。

配属初日からこれを見せられた新米監視官はどんな反応かと見れば、滕や六合塚と同じく笑いを堪えるのに必死だ。

とっつぁんなんかはもう声をあげて笑っているのだが。


(呆れて)返す言葉も無いギノはそのまま滕と六合塚を連れて路地に消えた。

滕の呻き声が微かに聞こえたのは空耳じゃないだろう。
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