短編集〜華〜
□『私を射落として』
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(月の光に照らされて、赤き花は真っ赤に燃える。)
月明かりの美しい夜。
イギリスのある城で、でパーティが開かれていた。
シャンデリアに照らされて、人々のドレスが、宝石が光を反射し、一層きらびやかに見える。婦人たちも、ワインを片手にお喋りを楽しむ。
華やか、という言葉が似合いそうなほどに、きらびやかだ。
そんな華やかな雰囲気の中、会場の片隅に、違う雰囲気を放つ女性が座っていた。
闇夜のような黒のドレスに身を包んだ彼女は、静かに目を閉じていた。
ゴーン ゴーン ゴーン
どこかで時計の鐘が鳴る。その時を待っていたかのように、ゆっくりと目を開け、立ち上がる。すらりとした細身のドレスが揺れる。
コツ コツ コツ
おしゃべりを楽しむ人々の間をすり抜けても、おしゃべりに夢中の彼女たちは気付かない。
コツ コツ コツ
彼女の歩みは会場の中央、少し空いたスペースで止まる。そして、右手に抱えるバイオリンを肩に置き、
ヒュ――――ッ
最初の一音を出す。途端に会場は静寂に包まれる。
それを確認すると、彼女は再び奏で始めた。
ショパン作曲、ピアノソナタ第27の2『月光』
ヴァイオリンversion。
今夜の、月の輝きにも負けない、美しくも、儚い響き。
バイオリン特有の音が、会場中に響き渡る。人々はその演奏に聞きほれていた。
ヒュ――――…
ゆっくり演奏が終わる。耳が痛くなるほどの静けさが再び訪れる。そして、
ワァ――――――ッ
割れんばかりの拍手とたたえの声で会場全体がつつまれた。
数時間後―――
誰もいなくなった会場に、彼女はまだそこにいた。そこへ、
パチパチパチ
「やあ、イロハ。今宵の美しき旋律も会場を震わせたね」
流ちょうなイギリス英語で誰かが拍手をしながら話しかけてきた。
「あら、お褒めに頂き、光栄です、エドガー。お気に召されましたか?」
彼女もまた、きれいな英語で返事をした。
「とんでもない。この華やかな会場よりも、あなたのほうに目がいってしまいましたよ。月夜にも勝るあなたと、あなたの奏でる音楽に」
私は、あなたが1番だと思いましたよ。
「全く…」
艶やかな笑みを浮かべたエドガー。彼女はそれに乗じることはない。
聞いてるこちらか思わず赤面するような言葉をつらつら並べるので、かわりに、
「そうやって、何人の女の子たちがあなたに惚れたんでしょうね。でも、私はそんなこと言っても落とされないわよ」
きつい一言をお見舞いしてやった。しかし、そんなのに構わず、
「ふふっ、どうでしょうね。いつの日か、あなたも惚れさせてあげますよ」
と宣言した。
「どうでしょうね」
彼女は歩み去っていく。すれ違いざま、こんな言葉を残して。
「さあ?私を口説き落とせるかしら」
あなたの美しさに魅せられて。
(花言葉は『神秘的な美しさ』)