novel

□影は憂う
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僕には何が出来るのだろう、とふと思った。同時に、何も出来ないと思い知った。
温かくて冷たい病院のベットの上、動かなくなった身体を持った僕は只体中につなげられた管を黙って見るしか出来なかった。
心なしか暗く感じる明るい病室には体温が感じられない。毎日が色の無いまま繰り返されてゆく感覚に感情はすり切れて行く。
そして無意識のうちに捜してしまう臙脂の残像に、頭が痛くなる。
ああ、また今日もやってしまった。
君はもう何処にもいないのにね、なんて。


僕と火神君は事故に遭った。
今でも思い出せるあの日――wc優勝から三日後――のことは、正直とても忘れたい。
冬空、トラック、血、火神君、赤、臙脂、僕、街路樹、血、薄墨、水色、赤、赤、あか、あか、あかあかあかあか…
今までの痛みなど笑って流す事が出来そうな程大きな衝撃が僕を貫いた後、視界は闇に落ちた。

何か、何処かを彷徨っていた気分だった。

数日後、目が覚めても不思議な浮遊感が僕につきまとっていた。そのくせ身体はぴくりとも動かず、ただ瞼が辛うじて開くだけだった。
面会謝絶されているようで、病室には誰もいなかった。ドアも閉まっていた。時々看護士さんやお医者さんのような人が出入りする以外に人の動きはなかった。
それより、と僕は思考を切り替えた。火神君は何処だろう。
僕なんかよりずっと酷いけがだった。血だって出てた。なにより、僕なんかより生きていないといけない人だ。
何処、何処?と見慣れた臙脂色の髪を捜す。見つかるはずが無い、と理性。見つけたい、と僕の思考。
この部屋に彼がいるはず無いと僕は知っていたけど、ずっと捜し続けていた。
しかしある日、知ってしまった。

「大変ね、一緒にいたお友達、亡くなってしまったのに貴方もこんな…。」

巡回に来た看護士の方だった。僕に何も聞こえてない、または僕がこの事を知っていると思ったらしい。
僕は何も、感じなかった。
否、感じる事を拒否した。
僕はその事実を認めなかった。認めたくなかった。それでも、冷静な思考が「火神君はもういない、死んだんだ」と知っていて、慟哭のような衝動に襲われた。泣きたかった、叫びたかった。
でも、涙も声も出なかった。泣く事すら許されないのかと、理不尽を恨んだ。
そして臙脂色を求めた。ひたすら、待った。
くるはず無いのに、虚しいだけなのに、と零す心理は無視した。
だんだん、日常は色を失った。
それでも僕は、欲していた。

火神君、どこですか。大好きなのに、捜しているのに。
一緒にいてくれるんじゃなかったんですか。
僕の光になってくれるのではなかったんですか。
なんで君はいないんですか、なんで、なんで。

そして近頃僕は思う。

看護婦さんが病室に入ってきた。点滴を換えにきてくれたようだ。
ねえ、看護婦さん。その管切ってくれませんか?

そうすれば僕はまた影になれる。

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