novel

□春色に君
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今年もやはり来てしまった春は光が溢れている。ウソツキの私は思わず目を細めた。
やだな、もう。
四月が来る度にそうだ。全てが滲む、翳む。蓋をした思いと記憶が、花の香りに誘われ漏れ出した。一番鮮明な記憶が、ウソツキの心を突いた。
――――やめてよ、もう。思い出したくないの。
と、また、桜色の記憶の君に嘘を吐く。

その記憶は大学の入学式直前の日のものだ。

四月一日、私は中学時代からつき合っていた日向君に別れを切り出した。
デート―――私にとっては最後のつもり―――の帰り道だった。人通りの少ない並木道の桜が気持ち悪い程、薄桃色を散らしていた。
日向君は真っすぐ私を見ていた。私は急に恐ろしくなったけど、目をそらせば嘘がはがれそうで怖かったから、そのまま見つめ返した。

「本気…だよな、リコ?」

そう言った彼の瞳は真剣だった。ああ、と少し泣きそうになった。まっすぐなその瞳に決意が鈍る。
貴方に何度私は助けられたのだろう?
何度私は焦がれたのだろう?
でもね、だからこそなの。
日向君にはやりたい事が、警察になりたいと言う夢が有るでしょう?
私、知ってる。貴方に夢が有ることを、
その夢を私のせいで諦めようとしたことを。
でも、私が言ってもきっと貴方は認めないのでしょう、だったら私は最低な女として日向君の元を去ろう。
そうすれば彼は私を忘れて夢に向かってくれるはず。

だから私は、ウソツキになろう。

「本気よ、もちろん。」

うそだよ、勿論。

「だって優しくなんてしてくれないし。」

私となかなか会えなくなるからって警察学校諦めようと思うって伊月君に言ってたの、私聞いてたの。

「正直もう好きじゃないの。」

大好き。一緒にいたいよ。

「別に好きな人できたし。」

好きなのは君だけ。だから…


「だからもう、別れましょ?」


その後の事はよく覚えていない。ただ記憶にあるのは薄桃と、日向君の立ち姿。
気がついたら家に帰っていた。メールの着信はなし、当たり前だった。急に哀しくなって、涙が静かに落ちた。
今からでも四月の嘘にならないかな、いっそこれが夢落ちならな。
そうならまた笑い合えるかな?
そんな希望的観測を女々しく並べ立てて眠りについた。


そしてその日から三年が経った。
四月一日に嘘は吐かなくなった。
代わりに、罪悪感と喪失感と桜色にまみれた記憶が頭をよぎるようになった。
ねえ、日向君。
桜を見上げ、聞こえるはず無い相手に頭の中で呼びかける。
暮らしはどう?警察学校入学したらしいけど。楽しい?夢は叶いそう?大切な人は出来た?…いたらちょっと哀しいけど。
勝手な言葉を脳内で紡ぐ。
嘘とはいえあたしが振ったのに、と自嘲する。
空に薄桃が舞った。
勝手だけど、と小さく呟く。

私はまだ、日向君が好きだよ。

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