◇冷たい少女の物語

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「僕はね、元は君と同じ人だったんだ」





青年は、隣で錆びたガードレールにふわりと腰掛けながら呟いた。
それは、つい先ほど。この高い高い、誰も踏み込まないような崖から、その身を投げようとしていた私に向けられた言葉だった。

私は黙って、その空の色が溶けたような青年の声に、耳を傾ける。





「僕は人を信じることができなくて」

「独りで生きていくことに、なんの苦も感じない人間だった」





青年がどのような表情をしているのかは分からない。
ただ、今の私の目は失意に満ちて。全く光を宿してはいないだろう。

私は人を信じることができなかった。
うわべだけの付き合いで。しかしそれすらもうんざりして、周りと距離を置いたとき、とてつもない安堵感に胸を撫でおろしたことを、今でも覚えている。
自分自ら壁を作り、人と接さずに生きるということは、常に人の顔色をうかがう必要がなくなる。すなわち、自由になるということだ。
何に干渉されるわけでもない。自分の内には、自分なりに楽しい世界が無限大に広がっているのだから、さみしさなど、微塵も感じなかった。





「一緒にいる人がいなかった訳じゃない」

「でも、僕は彼らの心の内が見えたけど、彼らは僕の心の内が見えない。だから、分かり合えない」





私は、先日のことを思い出していた。
独りで生きることに苦痛を感じなくなった私は、友人と称する人が一人としていなかった。誰かの暇つぶしでしかない私は、まるで空気のようで。
存在はするのだけれど、目に見えない。ただ暇をつぶすには都合がいい人と認識されている。

そのことを、私自身が知っていた。
知っていて、知らないふりをした。

『暇つぶし』に親しげに話されたのちの、まるで今まで誰とも話していなかった風な扱いに、心中で、皮肉な笑顔を浮かべていた。
孤独なんて感じない。
ただ、一瞬のぬくもりにほだされてやわらかくなったその部分は、何度も何度も繰り返される『暇つぶし』に、耐えて、耐えて耐えて耐えて。





「ふとある日思ったんだ。彼らは、例えば僕が消えたとして、そのことに気付くのかなって」





だって私は空気だから。
きっと誰も気が付かない。気が付かれないまま、私は消えてなくなるのかな。
誰かがふとした瞬間に、少しでも頭の中に、私を思い出してくれたりするのかな。
『ひとりぼっちだった子に話しかけてあげた優しい子』という肩書欲しさに、私に声をかけたあの子は、はたして私のことを思い出すのかな。





「僕にとって都合のいい彼らは、彼らにとって都合のいい僕のことを、思い出したりするのかなって」

「そうやって思いを巡らすうちに、僕にとっての『人』という存在が、一気に『観察対象』へとカタチをかえた」





そう、私は知りたいの。
どれだけの人が、どれくらい、私のことを思い出してくれるのか。
どれだけの人が、私に涙を落としてくれるのか。

検証しなくてはならない。
私は確かに生きていたと、実感するために。





「その先になにがあるとか、そんなのまったく関係ない。幼少以来の好奇心と興味に、ただ身をゆだねてた」





運動は得意な方ではなかったけれど、無心に山をのぼった。
山頂には誰もいなくて、強くて冷たい風の音が、まるで私を包みこむ最後のバラードのようで、ひとつポツリと、頬をつたう水が地に吸い込まれていった。

風にのせて、私の声がどこかに届けばいいと歌う。
最後に歌う曲は正直なんでもよくて、知っている曲を全て歌いきった。





「じゃあもう、引きとめないでよ」





空色の青年が口を開きかけたところで、私は一言そうもらした。
どんな声でそうもらしたのかは思い出せないが、悲鳴に近い声だったのではないかと思う。

私は『独り』だ。自ら望んでそうなった。
その結果がこれならば、それはすべて、自分がした『選択』ゆえの過ちだ。
誰に止められる必要も、誰に迷惑をかけるでもない。
全ての責任は自分にあると分かっているから、今こうしてすべてを終わらせようとしているのではないか。

苦しくて苦しくて苦しくて、もう耐えられそうにないからこうしてるのに、どうして止めようとしてくるの?
私であるあなたが、あなたである私を、どうして止めてくるの?

その場にくずれおち、声をあげて泣く私に、青年は呟いた。





「そう。僕は君だよ。そして君は僕だ。『孤独』と知り、それを受け入れ、生きていくのはとてもとても辛いことだよ」

「そして辛いとすら感じなくなって、人をみる感覚が超越した何かみたくなったときは、共生していくことすら、憎くて仕方がなくなるのもまた事実だ」

「でもね。僕と君が違う点が、今ここで生まれたんだ」

「だから君は、ここで君を終わらせてはいけない」





青年は知らぬ間に、腰掛けていたガードレールからおりてふわふわと宙に浮いていた。
私は涙がいっぱい溜まった目で青年を見上げた。
晴れた空の背景にとけた青年は、ぼやけて、まるで空そのもので。
このまま完全にとけて無くなってしまうのではないかと、私の心を不安にさせた。

そんなことはおかまいなしに、青年は見下ろすような仕草をしていった。





「僕と君が違った点」

「それは、僕が君を理解し、君が僕を理解した」

「理解してくれる存在が、いると一瞬でも思ったこと。出会ったこと」





青年は、私の体をいつの間にか抱きしめていた。
なんの香りも、ぬくもりもない。抱きしめられた感覚も無いに等しい、まるで空気のようだった。





「ごめんね。見てのとおり、僕はもう『人』じゃない。君の大切な記憶に残っても、君の隣にいることは出来ない。君を支えてあげることも、はげましてあげることも出来ない」

「僕は『独り』。でも君はもう大丈夫だ。『独り』じゃない」





青年は微笑んだだろうか。悲しげに眉を下げて笑ったかもしれない。
青年が溶けた空は、今日のように快晴で。
ひとりぼっち、空を見上げながら落ちた青年は、どんな顔で孤独を捨てたのだろうか。

いつのまにか青年は、空に溶けて消えていく





「・・・待って」





私は滲んだ視界をはっきりさせようと、涙をぬぐった。
青年が天にとけていくのを、あふれ出てくる涙を何度もぬぐって手をのばした。





「お願い!お願い、聞いて!」





青年は、驚いたような顔で私を見た気がした。
あぁ、よかった。まだ聞こえてる。まだ繋がってる。

まだ、伝えることができる。





「あなたは私で、私はあなたでしょう!?なら、私はあなたを忘れたりしない!

あなたであった私を忘れたりしないからっ、過去をだいて強く生きてみせるからっ、だから、あなたはもう『独り』じゃないよっ」





抱きしめてあげたいと思った手は結局、青年ではなく、天を抱いた。



























































































あぁ、君はとてもあたたかい。










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