DRRR!!

□彼=?
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今日の夜はキレイだ。空には雲がなく、一面に星が散らばっている。その中に月があり綺麗な円を描いている。その月の明かりが俺の目の前にいる彼の髪に反射して髪が揺れるたびキラキラと輝いていた。俺はその髪に見とれつつも、彼の首にナイフをあてていた。彼は化け物だ。普通の人間より力があり、普通の人間より体も丈夫だ。初めて会った日から今まで、そしてこれからもだと思うが殺し合いという追いかけっこをしてきた。この首にあてているナイフが刺さらないのも百も承知だ。そもそも俺は彼を殺す気だなんてこれっぽっちもなかった。それに比べ彼はいつも殺気を放ちながら俺を見つけては追いかけてきた。その時の俺の事しか見ていない彼の眼差しが、輝いて見える彼の髪が、堂々としている彼の振る舞いが俺は好きだった。彼を見るために追いかけっこをしている様なものだ。
殺す気などない俺は彼の首にあてているナイフを下ろす。だが、出来なかった。彼は俺の手首を掴み再び首へとナイフを持っていったのだ。

 「殺らないのかよ」

今日の彼は変だ。行動も、眼も、言葉も。自らナイフを首にあてて殺してくれと言っている様なものじゃないか。
『なぜ…?』
色々な仮説をたてていく。だが、どれも不可能だった。彼は化け物だ。何をしても死ねる筈がない。
次の瞬間俺の目の前は真っ赤に染まった。









 「何をしていたんだい?君達」
 「何って…普通にいつも通り追いかけっこしてただけだよ」
 「彼があんな怪我をするほどの?」

彼はナイフで自らの首を切った。切れるはずのない首を。

 「あれは自分でやったんだ…あいつが…」

急いで知り合いの医者―岸谷新羅―のところへ運び一命はとりとめたらしいがまだ意識が戻っていない。
血塗れの彼を担いだせいか、お気に入りのコートのファーが赤く染まっている。

 「自分で?」

新羅は信じられないという顔をしていた。俺も信じられないことばかりで頭が混乱している。一つは彼が自ら首を切ったこと、もう一つは何故彼の首があんなにも簡単に切れたかだ。

 「ねぇ新羅 あいつに何かしたの?」

コーヒーへと伸ばした手がピクリと動く。

 「体の丈夫な彼にナイフが5mmしか刺さらなかった彼にどうしてあんなに簡単にナイフが刺さったの。君が絡んでるしか考えられない」
 「……」

しばらく無言が続き新羅はコーヒーを一口飲む。

 「これは彼が望んだことだけど…」

新羅は喋り出した。ぺらぺらと。ある日彼が急に家に来たこと、その時相談にのってあげたこと、そしてその一週間後にある薬を彼に与えたことを。そのある薬とは、

 「人間になれる薬?」

人間になれる―正しくは筋肉を衰えさせる―薬。彼はずいぶん前からその薬を飲んでいたらしい。筋肉が発達しすぎてあの怪力があるのだ。そのせいで化け物と呼ばれていたのだから筋肉を衰えさせ怪力をなくせば普通の人間になれる、人間と呼ばれるものになれる、彼はそう考えたんだろう。

 「そんなものを渡してたのか…」
 「まさかあの時からずっと飲んでいたとは…。筋肉を衰えさせると言っても体に負担がかかるからね。副作用が強いからすぐ止めるかと思っていたけど」
 「…そんなに強いの?」
 「うん。そこまでしてなりたいんだろうね、普通の人間に」

俺は彼が眠っている部屋の方をじっと見つめた。









 「……ん…」

目を開けると見覚えのある天井が見えた。
首を触ってみると包帯が巻かれていて腕には点滴が刺されていた。
俺は目を閉じ、ここに来る前に自分がしたことを思い出す。
自分で首を切った。今まで出来なかったナイフが刺さるという普通の人間では当たり前のことができた。
それが少し嬉しかった。








翌日。俺はまた新羅の家を訪ねた。

 「どうしたの?」
 「ちょっと彼に言いたいことがあって」

彼が寝ている部屋へと歩いた。

 「臨也」

新羅は険しい顔をしていた。普段そんな顔滅多にしないのに。

 「大丈夫、何もしないから」

そう言うと彼が寝ている部屋のドアノブへと手をかける。

 「入るよ」

返事は無かったが何のためらいもなく戸を開けた。
彼はベットに横になったままだった。首に包帯が巻かれ、腕には栄養を摂取するための点滴がさされていた。首の傷は大分塞がったが食べ物を口にしないそうだ。
彼が寝ているベットの隣へと移動し、座る。

 「怪我…どんな感じ?」
 「もう大分塞がってるってよ」
 「そう…」

(さっき新羅から聞いたばかりなのにまた聞いてどうすんの…)
無言の空間が続く。俺はこのまま黙っても駄目だと本題へいくことにした。

 「昨日帰ってから考えたんだ。君がどうやったら苦しまないかを」
 「…新羅から聞いたのか」
 「…うん」

彼はずっと天井を見ているだけで俺の方を向かない。それでも俺は話を続けた。

 「それで…あくまで俺の考えだから君が嫌だったらそれでいい。忘れてもらっていい。これは強制じゃない」

俺は目をつむり小さく深呼吸をし、もう一度彼を見る。










   「俺と一緒に暮らさない?」


























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