はちゃめちゃリレー小説

□白昼夢マティーニ
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 体が動かない。金縛り、だろうか。指一本も動かせないこの状況、前に悪夢で男と話した時と似ている。
 那津くんの体を乗っとっているという悪魔はチーターもかくやの素早さで窓から外に出て、次の瞬間、ジャンプした。四階分校舎を軽々越えるジャンプ。体の中が下に取り残される感覚がした。前と同じく声が出せないが、出せたとしても今は驚きすぎてやはり出せないだろう。
 屋上に着地した悪魔が「あり?」と素頓狂な声を上げた。取り敢えず、俵を担ぐような持ち方はやめて欲しい。スカートの中が見える。


「ダージリンさんじゃないっすか! わ、わざわざお出迎えに来てくれたんすか……!?」
「はい。不意を打ったとはいえアッサムさんを退けたヤツが近くにいるので、失礼ながら貴方だけでは不安で」
「いやあ事実っすから失礼でも何でもないっす! アイツがいたからぶっちゃけ、けっこー心細くて」


 でもダージリンさんがいるなら大丈夫っすね! と、那津君と変わらないテンションと口調で、悪魔が言った。アイツってドイツ、て思いつつ、私はのろのろとなら辛うじて動く首を上げた。唯一いつも通りに動く目を動かして前を見る。ふわふわな声の主、「ダージリンさん」の姿を確かめる。
 そこには女の子が立っていた。年は私より下、ヒールのある黒いブーツを履いても身長も下だろう。なのに胸は、ギリギリ平均な私の倍以上ある。でかい。
 ハロウィンのカボチャの飾りを付けたオレンジの太いリボンを巻いた、魔女の黒いとんがり帽子。赤茶っぽい紐リボンがオシャレみたいに巻きついている。目と大きくウェーブした長い髪は黄色いオレンジ。ダージリンの色だ。
 オレンジのラインが入ったマントの結び目は逆さの十字架で留め、その下に着ている服は露出が多い。ブラジャーのような黒い布から乳が溢れそう羨ましい。ぺたんこでくびれが羨ましいお腹は丸出しだ。サスペンダーで留めたスカートは、ボロボロになった蝙蝠の羽のような黒布の下に白い二段フリルが覗いている。ガーターで留めたニーソックスは黒とオレンジの太いボーダー柄。

 第一印象は、ハロウィンの魔女。

 救いようがないのは似合っているところだ。こんな衣装を着て許される存在がいるとは。
 よいしょっ、と悪魔が私を担ぎ直す。ダージリン観察で逸らしていた不安のような恐怖がぶり返す。私は、これから、どうなるんだ。
 ダージリンが私の顔を、先を中指の指輪に留めた長手袋を纏った両手で上げ、観察してくる。右手首に交差してついている腕輪がしゃらりと鳴った。


「……リゼやキャンディーより使えそう、な気がするような、しないような……」


 子供っぽさを残した顔が真剣になっている。どっちの道具が役立つか吟味する目で、私を見つめてくる。
 ダージリンが瞬きすると同時に、シャッターを剛腕が思いきり殴ったような音がした。大きすぎて音の出所が分からない。ダージリンが私から一歩離れ、虚空を見た。


「……使えるかどうかは後で判断しますか――帰りましょう、夢太郎が結界を破る前に」
「あ、ハイ!」


 夢太郎……? 悪魔が来る前様子がおかしかったあの人のことだろうか。
 というより、私はどうして、すんなりとこの状況を認めているんだろう。普通、夢だなんだと思うだろうに。怖いけれど、状況の否定はしていない。パニックにはなっていない。
 まるで、予備知識があるみたいに。
 私の思考は、どころか意識は、ここで途切れる。視界から屋上が消えると同時に、全身が見えない衝撃に叩きつけられたのだ。
 どこかで、夢で会う少年の声を聞いた――気がした。
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