はちゃめちゃリレー小説

□白昼夢マティーニ
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 帰り道は暗かった。月と星は頼りにならない。心強いのは煌々と光る街灯だけだ。この夜道に人気が無い、ということにはもう慣れたから、灯りさえあればいい。
 虫の声を聞き流しながら住宅街を歩く。街灯の下、追い越したのにいつの間にか前にいる自分の影を踏みながら歩く。
 首筋にひんやりとした空気を感じたのは、唐突なことだった。


「――長谷川和だな」


 男の低い声が耳に入って木霊した。次に聞こえたのは情けない悲鳴――私の声。
 誰かが真後ろにいたら大抵の人がそうするだろう。私の脊髄は「大抵」に従い、不審者から離れようと、前へ駆け出そうとした。なのに体が動かない。恐怖に動けないわけではない。指一本だって動かせないのだから。
 ガッ、と後ろから首を掴まれる。死ぬかもしれないとか、痛いのが嫌とかは、頭が真っ白で考えられない。本当に怖いってこういうことなのだ、ということも考えられなかった。


「お前がビアンカの……そしてビアンカ症候群の特効薬か」


 聞いても答えられる訳がない。ビアンカの薬というのはまだ分かるが、ビアンカ症候群とは一体。
 ふと金縛りと首の圧迫が消えた。体に柔らかさが戻ってきて、へたりこむ。


「和さん!」


 聞き覚えがある声に呼ばれた。ゆめたろう――口がいつの間にか名前を紡いでいた。今の状況を説明できる数少ない存在に、早く事態を教えてもらいたくて仕方ない。
 景色がたわむ。視界の真ん中の一点へ吸い込まれるように歪む。そうしてやっと気付く。住宅には明かりがなくて、街灯の光もいつの間にか消えていて、見えるものは黒しかなくなっていて。
 帰り道なんてとっくに終わっていた。帰宅どころか夕食も入浴も終えていた。


 ここは夢の中だ。


 景色は一点からぐるぐる吐き出され、色んな色の花が咲き乱れる、今朝見たものに変わった。

 
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