はちゃめちゃリレー小説

□白昼夢マティーニ
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 けれど夢太郎さんが右手に持つ大きめの茶封筒を見て、その不審はすぐに解消された。多分、それを渡しにかもらいに来たんだろう。私は書類の入った封筒を鞄に入れているから、夢太郎さんは私がここにいる理由が分からないのだろう。不思議そうな顔をしている。なのでこちらから理由を話す。


「偶然ですねー! 私はここのサッカー部の顧問に書類を私に来たんですけど、夢太郎さんのそれも、そんな感じだったりしますか?」
「ん? ああ、うん。ボクは校長さんにコレを渡しに、ね」


 言って、封筒を自分の首の高さまで上げて軽く振る夢太郎さん。校長にさんを付けるところが何となく可愛い。やっぱりな、と思いながら歩くと、なぜか夢太郎さんは付いてきた。いる可能性が一番あるのは、校長が校長室、サッカー部顧問が校庭だ。つまり行き先は違う。
 振り向いて素直に疑問を伝えると、夢太郎さんは気まずそうに目を伏せた。


「いや……校長室が分からないから、君の用事が終わったあとに、教えてもらいたくて」
「あ、そっか。なら案内しますよ。私卒業生なんで知ってますし。校長室のが近いし」
「え? いいの?」
「案内するって言ったの聞こえなかったんですか? それとも私が嘘言ったと思うんですか? 酷いですねえ」
「す、すみません!」


 一番気が置けない仲である加奈子にすら言わないような輕口が出てしまった。かといって夢太郎さんが加奈子より好き、というわけではなく。何というか、むしろ、夢太郎さんを下等生物として見ているような――失礼になるので考えを強制的に切る。
 でも一度はそういう聞き返しをするのが日本人だと思うんだ云々言う夢太郎さんに誤魔化しのにっこりを見せて、再び歩き出す。


「敬語な分辛辣さが増しているような……」
「何か言いました?」
「えっ! いや! 何も! 何もないよ! 独り言!」


 夢太郎さんは、やたら大きな声で首を振った。ならいいかと気にせず校長室へ行く。
 吹奏楽部が空いている教室で練習している音が聞こえる。在学中はうるさく感じたこの音も、今となっては懐かしい。どうしてか、夢に出てくる白い人のことを思い出した。
 南棟一階端にある校長室に着くと、夢太郎さんは中に入った。二秒で出てきた。入って投げ渡して出てきた、そんな早さだ。いやまさか、実際そうしたとは思わないけれど。


「あ、よかった、待っていてくれたんだね」
「挨拶しないで行ったりしませんよ」


 話しつつ、足を動かす。昇降口は渡り廊下を渡って少し歩いたところにある。校庭はその真ん前だ。
 長谷川さん、と夢太郎さんが言った。ただ名前を呼ばれただけなのに、何だろう。いつもの調子の声で返しては場違いな空気がした。かといってどういう風になら返していいのかもよく分からなかったから、立ち止まって、何も言わずに振り向いた。
 私が振り向く前に立ち止まっていた夢太郎さんが、笑っている。どことなく浮世離れした雰囲気のある夢太郎さんに似合うはずのミステリアスなその笑いだ。なのに、何似合わないシリアスな笑いしてんのよと言いたくなる。


「人の悪いものを吸いとって、悪いものがなくなれば、なければ、他のものを奪う」


 どこかで聞いたことある話。幼い頃聞いた言い伝えみたいな、夢の向こうのような「どこか」。だけど私は、そんなところでこの話を聞いたんじゃない。私は私の口から、聞いたんだ。いや違う、あれは夢の中の話――頭がいつもよりバカになっている。
 聞き覚えのある話を話されているだけなのに、警報のように、心臓が鼓動を速くする。夢太郎さんが、右目を瞬かせる。



「そして白いお姫さまが封印を解いてしまった、そんな悪魔、知ってるかい?」



 
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