はちゃめちゃリレー小説

□白昼夢マティーニ
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「待ちなさいよちょっと!」

ジリリリリリ!

頭上から鳴り響くけたたましいアラーム音と盛大な寝言が、決して広いとは言えない自室に響き渡ったのは同時だった。
眼前には見慣れた天井。身体は使い慣れた柔らかいベッドの上。手は真上にまっすぐ伸ばされ、端から見たらなんともみっともない姿をしているだろう。

「…あれ、?」

寝起きの覚醒しきれていない頭で先程見ていたであろう不思議な夢を思いだそうとしてみたが、残念ながら断片的にしか思い出すことができない。綺麗に咲き誇る花々、その中で一際目立つ黒、そして煮え切らない苛立ち……

「……ダメだ」

それしか思い出せない。これだけでは何の夢だったか模索することすらできない。私は思い出すことを放棄して、未だに鳴り響いているアラームを止める為に目覚まし時計に手を伸ばした。毎朝お世話になっている目覚まし時計に感謝しながらも少し雑な扱いをしてしまうことは多目に見てほしい。
そういえば、夢から覚める前に誰かに忠告をされた気がする。遅刻がどうとか、サボりがどうとか……

「……」

嫌な予感がして、急いで掴んでいる時計を覗きこんだ。時計盤に刻まれた時刻は、8時。
……ああ、まだ脳が起ききってないみたいだ。目を擦ってもう一度時刻を確認する。しかし時刻は先程と同じ。今度は両頬を少し強めに叩いてから見てみる。8時1分。どうやら見間違いではなかったみたい。

「ヤバいヤバい遅刻!」

光の速さで飛び起き、制服を身に纏い、階段を駆け降りる。これは笑えない。間に合わない。どんなに足掻いても遅刻だ。しかし、ここで諦めたら今まで頑張ってきた私の皆勤賞への努力が水の泡になってしまう。それは何としてでも避けたかった。
タイミング悪く、母親は昨日から出張、サッカー部期待の新入部員である弟君は朝練の為早い時間に家を出てしまっていた。だから誰も起こしてくれる人がいなかった。最悪だ。何より本来の起床時間から何度も鳴っていたであろうアラームに気付かなかった自分が信じられない。
顔を洗い、髪の毛を申し訳程度にブラッシングし、キッチンに買い置きしていた菓子パンをバッグに放り込んで家を飛び出した。


「あーもう間に合わない!」

幸い、家から学校までは歩いて30分程の距離。全力で走れば間に合わなくはない。しかし家を飛び出す直前に見た時刻は、学校生活が始まるチャイムが鳴る時刻の15分前だった。少々無謀だ。

「きゃっ!」
「うわっ」

必死に走っていたため周りが見えてなく、曲がり角で誰かとぶつかった。ぶつかった衝撃で私も相手も尻もちをついた。

「ごめん!君大丈夫?」

ぶつかった相手は直ぐに立ち上がり、私に手を差し出してきた。完全に私が悪いのに相手に謝らせてしまった。申し訳ない。

「あ、私の方こそすいませ……」

ふと。目が合う。
くせっ毛のふわふわな黒髪、左目は前髪に隠れているが優しげな眼差しが印象的な少年。

「あ、れ……」

至近距離からまじまじと眺めて、違和感を感じた。初対面の筈なのにどこかであったことがあるような、この不思議な感じは何だろう。

「あの……?」

何か?と言いたそうな少年に、やっと自分が失礼な事をしていることに気付く。優しく手を貸してくれた人に対し、手を取ることすらせず顔をガン見してるなんてあり得ない。

「あ、私の方こそすいません!急いでて……」

そこで、はた、と思い出した。
あれ、何で私急いでたんだっけ?学校に、遅刻しそうで、焦ってて、それで……

「あああああああ!」

ヤバい、いやこれもう間に合うはずがないけどヤバい。

「ごめんなさい!ごめんなさい!あの、急いでるんで、えっと、本当ごめんなさい!」

私は呆気にとられている親切な少年を置いて、先程の倍のスピードで走り去った。本当ごめんなさい素敵な少年さん。ありがとうございますすいません。
1学期も終盤に差し掛かった今日。天気は快晴。雲ひとつない青空。電線にとまった小鳥たちのさえずりが聴こえる、とても爽やかな朝。そんな中、汗だくになりながら走る女子高生。なんとも酷い絵面だ。
そんなことを他人事のように考えながら、私は死に物狂いで道を駆けていった。



「怪我しないようにね、和ちゃん」

こそ、と呟かれた少年の言葉は、私の耳には届かなかった。
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