はちゃめちゃリレー小説
□白昼夢マティーニ
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人混みの最前列で、鉄骨を見ていた。何本ものそれらは、二本だけ地面をひび割らせて突き刺さっている。人なんてひとたまりもないだろう。
間に合わなくて、よかった。
土しか貫いていない鉄骨にようやく安心できた。和さんが八時に起きた時点で、彼女が間に合わないことは――彼女の無事は確定していたのだけれど、やはりこの目で確かめないと不安になる。寝坊させた甲斐があるというものだ。
後ろの方で、騒いでいる女の子の声が聞こえた。丸聞こえの大声は勝手に情報をくれる。和さんは今来たみたいだ。そしてジュースを奢らされるらしい。
業者らしき人達がやって来て鉄骨を片付け出して、そこで人だかりが散っていく。ボクもそろそろお暇しよう。仕事はまだまだ残っている。
でもその前に、和さんの顔をチラッと見ようかな。何気なくを装って振り返る練習をする。すると、「あれ?」とか「どうしよう」という和さんの声がした。何だどうした――横目で窺うと和さんは、皿のようにした手のひらを、困ったように見つめていた。悩ましげに溜め息をついて顔を上げ、
「――あ」
ボクに気付いた。隣にいる女の子と男の子に二、三言話してから、ボクの方へ駆け寄ってくる。その頃にはボクは、完全に彼女の方を向いていた。
「さっきぶつかっちゃった人ですよね! 本当にすみませんでした! それで、コレ、あなたのですか?」
他人行儀なのがもの寂しい。まくしたてた彼女が差し出してきたのはくたびれた黒いメモ帳だった。紛れもなく、ボクのもの。思わず胸ポケットに手を当てたら、いつもは返ってくる固めの感触がなかった。鞄に入ってて、と、和さんは言った。何なの偶然なの。
「…ありがとう。ボクの方こそさっきはゴメンね」
「こちらこそ本当にすみません…」
「謝り合いしてたらキリがないね。名前とか連絡先とか聞いていいかな? お礼がしたいから」
「長谷川和、です。お礼なんていいですよ」
知っているけど名前を教えてもらって、繋がりを繋ぐために次に会う機会作りにとりかかる。和さんは一度は断ったけれど、手帳はとても大事なものだから、と本当のことを言うと頷いた。こんなにあっさり頷いて、大丈夫だろうかこの子。
連絡先を交換し、思い出したように名前を聞かれる。名前は和さんに付けてもらう予定だからまだ無い。今付けてもらおう。
あててみて? と笑って見せると、和さんは「何言ってんだこの人」みたいな顔をしつつも答えてくれた。
「…夢太郎……とか?」
「すごい、当たりだ」
「え。変わった名前ですねー」
君が付けたんだけどね。
ふと、和さんが後ろに目線だけやるのが見えた。そういえば友達を待たせているのだっけ。あまり待たせては和さんと友達が可哀想だ。
「じゃあ、また今度。手帳、本当にありがとう」
「え、いえ……」
ホッとした顔で手を振る和さんに背を向ける。
夢でも現実でも一応の繋がりは持てたし、今はこれで十分。
次に会うのが夢の中だとすれば、夜が待ち遠しい。
彼女には、やってもらいたいことがあるのだから。