はちゃめちゃリレー小説

□白昼夢マティーニ
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「なごみ」


 声がした。綺麗な声だ。楽しくて美しい思い出を思い返す時に少し感じる悲しい懐かしさの声だ。
 私は気付けば花畑にいた。いや、テラスがあり、管理されている花があるここは花畑というより庭園だ。白薔薇や白百合や白菊や――世界中の白い花を集めたような場所で、白くて透明な光が差して溢れる場所だ。白いテラスの白い椅子には白い女の子が座っていた。髪も肌も白、服も白い。両目の赤が、白が多いこの景色の中では異端分子に見える。


「貴方が、あの人が探し出してきた私のお薬なのね」
「え、……何、ですか?」


 私が薬という謎の発言より何より知りたいのは、ここがどこかということより、この女の子が誰なのかということより、一体何なんだということだ。混乱した頭は猛然と、最初に浮かんだ疑問を追求し続ける。
 女の子は話してくれた。自分の名前がビアンカだということ、ここは自分の庭園だということ。今はただ、自分と話していてほしいこと。
 納得なんかしていないのに私は頷く。納得していないのに頷いたことを、不思議にすら思わなかった。ビアンカは、この世界に似合う白色で笑う。


「不思議になんて思わないわよね。まだ、ここが夢だと気付けていないもの」
「夢……?」
「言われても気付けないでしょう。夢は誰かに言われて気付けるものじゃないから」
「っ、ビアンカ、その手……!?」


 ビールが入ったコップを持つビアンカの左手が黒い。腐ったバナナのような、焦げた肉のような黒い色だ。ビアンカの赤と同じくらい異端に見えるその黒は、不思議に魅力的な赤より酷い。目を逸らしたくなる色だ。生理的に嫌悪してしまう色だ。
 それでも逸らしてはいけないと頑張っていると、ビアンカは何でもないことのように笑った。


「害あるものや敵意に触れるとこうなってしまうの」
「……っ、……っ」
「あ、でも、貴方に害や敵意がないのは分かっているわ。外界の害が貴方に染み付いていて、それが私に届いてしまっただけで」


 気にしないで、というのは私への気遣いだろう。私は一歩、ビアンカから離れた。害やら敵意やらが彼女に届かないように。けれどビアンカは一歩近付いてきた。


「え、どうして……」
「説明しよう!」


 今までビアンカの綺麗で儚げな声を聞いていたからか、その声は汚染物質に聞こえた。どこからともなく降ってくる黒。汚い。ビアンカの黒とは違う意味で生理的に受け付けない。吐き気が――


「な、なごみさん!? 大丈夫ですか!?」
「うえー……近付かないでえー……」
「ひど!」


 声だけで吐くマネをして、よろめくふりをした私を抱きとめた黒い人を突き飛ばす。
 どこかで見たことのある右目を細めて、黒いその人は頼りなさそうに笑った。
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