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□きみの名前はまだ知らない
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フェイス・ビームスは、アカデミー時代から良くも悪くも有名人だった。DJとして注目を集めており、特に若い女の子を中心に彼のファンが多かった。その反面、素行不良や教師への反抗的な態度も問題視されていた。加えて、あの優秀な『ブラッド・ビームス』の弟。フェイスの名前を知らない者は殆どいなかった。


そしてガスト・アドラーもヒーローになる前はちょっとした有名人だった。セブンスリーバングス。悪名高い不良チームのリーダーに君臨していた。もう随分昔の話だが。

ガストはフェイスより一つ上の学年だ。アカデミーの頃も二人の間に交流もなければ接点もなかった……が、一度だけフェイスを助けたことがある。校内でまともな会話を交わしたのは、その時が最初で最後だった。

 

「……ちょっと、何?」
珍しく授業に出席した日。
休憩時間でトイレを済ませておこうと思っていたところにガラの悪い生徒に絡まれた。後から情報屋をしていたビリーに聞けば、その中に当時フェイスが付き合っていた彼女と関わりがあったらしい。一方的な逆恨みが原因だった。厄介なことに巻き込まれたなぁとフェイスはただただ面倒くさそうな顔をする。
こうして揉めている間にも尿意はどんどん増していく。それを表に出さないようフェイスは冷静さを装った。フェイスに彼女を取られた生徒が何か文句を言ってくる。相手が一人だったら適当にかわしてその場を立ち去ることができただろう。ただ、そうはさせまいとフェイスを囲うように仲間を連れている以上あまりにも分が悪かった。
フェイスを気にするような同情混じりの視線が突き刺さる。それでも誰かが仲裁に入って助けるわけではなく、見て見ぬふりをしていた。面倒事に首を突っ込みたくないのだろう。
その時、実技の授業か何かでたまたまフェイスの教室の前を通りがかったのが、ガスト・アドラーだった。



「おい、何してんだお前ら」
「っ!」
その場の空気が一瞬にして変わったのを肌で感じる。
上級生かつ厳つい体格の男に詰め寄られたら萎縮するのも無理はない。しかも、不良チームのリーダーなら尚更。フェイスに寄ってたかっていた同級生は言うまでもなくガストの圧に怯み蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「大丈夫か、あんた」
「ああ、別に。こういうの、慣れてるから……」

それよりも、早くトイレに行きたい。
フェイスが不自然に内腿を擦り合わせたのをガストは見逃さなかった。また途中で誰かに邪魔されたりでもしたら……トイレで用を足すなんて一瞬で終わるのに行く前から苦労するなんて。


「……その、まだ大丈夫か?」
「え……?」
「あ……我慢してるように見えたから、つい……」

細かいところに気付くくせにデリカシーは無いらしい。ビームス家に仕えているオスカーとはまた違ったタイプだ。

「……お気遣いドーモ」
「またさっきみたいに絡まれるかもしれないし、途中まで付き添ってやるよ」
「いや、そこまでしてもらわなくても……」
「ほら、急がないと間に合わなくなるぞ」
「ちょ……っ、急に引っ張らないでくれる?」

半ば強引に腕を引っ張られる。急な衝撃に耐えられず、じわりと下着が濡れた。うわ、最悪。それ以上の決壊はどうにか堪えたけれど不快な感触に顔を顰める。ズボンに染みが滲むことはなかったので誰にもバレなかったのが不幸中の幸いだ。
途中までと言いつつ、ガストはトイレの前で見張っていてくれた。最大級の恥をかかずに済んだのは良かったけれど、よく知りもしない相手に面倒を見てもらったのもそれはそれで恥ずかしい。
そして、この妙なボディーガード事件は当然悪友の耳にも入ったのだった。


「ねぇねぇ、ベスティ。最近ボディーガードを雇ったってほんと?」
「どこから聞いたのその話……っていうか、そもそも雇ってないし」
「細かいことは気にしなーい! でも、ちょっと意外だったかも? ガストパイセンって身内以外にも世話焼きだったんだ〜」
「偶然が重なっただけだと思うけど。 あ、ごめん。連絡きたからまたね」
「え〜。ベスティってばもう行っちゃうの?」


フェイスは、一言も彼女からとは言わなかった。アドレス帳に登録された名前はボディーガード。誰もいない校舎裏に移動してから通話に出た。


「もしもし、ガスト?」
 
 
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