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□灰色の空、雨のち晴れ
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些細なことでウィルと喧嘩をした。お互いすぐに謝りたくなくてタイミングを逃したままベッドに入った。おやすみの挨拶も交わさずに。こうなったら気分が落ち着くのを待つしかない。
 ――ちゃんと明日の朝、仲直りできるだろうか。
自分の感情を上手く伝えられなかった不安と後悔が波のように押し寄せてくる。
考えたら、駄目だ。重くない瞼を無理やり閉じて、枕に顔を埋める。嫌なことは一秒でも早く忘れてしまいたい。
だけど、身体は疲れているのにこういう日に限ってすぐに眠れないものだ。耳を澄ましてみる。ウィルの寝息もまだ聴こえてこない。どうやら向こうも同じような状況らしい。

(い、今はあいつのことなんてどうでもいいけどな!)

 もう一度寝ようと意気込んで睡眠モードに切り替える。次第に意識を手放していき、夢の中へと落ちていった。


 次に目を覚ましたのは朝日が昇る前。目覚まし時計の騒がしい機械音やウィルが起こす声でもなく、下半身に集中するじっとりとした不快感に起こされた。これは寝汗じゃない。分かった途端、心臓の音が大きくなった。

「えっ、あ……うそ、だろ……?」

 びしょびしょになったシーツに寝巻き。鼻腔に届くアンモニアの匂い。
浮かんでくる答えなんて一つしかなくて。だけど、それを信じたくなかった。
せめて、ウィルが起きてくる前に片付けて何も無かったフリをしないと。
そう思うけど、こういう時は大抵ウィルに手を貸してもらっていたから一人ではどうすることもできない。滲む涙を手の甲で強引に拭って、音を立てないようにそっとベッドを降りる。染みが分からないようにぐしゃぐしゃとシーツを丸めて、それを抱えながら思い足取りでメンターの部屋に向かった。
普段滅多に失敗しないからこんなことを報告するのはとてつもなく恥ずかしいし、本来はブラッドたちの手を借りなくても解決できる。ただ、ウィルと喧嘩をしてしまったから仕方なく、仕方なく頼るしかなかっただけだ。

「……ブラッド……おい、ブラッド……」
「ん……その声はアキラか……?」

部屋に入った時点でブラッドはまだ眠っていたが、二、三度声をかけるとすぐに目を覚ました。

「……お前がこんな早い時間から訪ねてくるなんて珍しいな。何かあったか」
「…………これ、」
「……汚したのか?」
「っ、言うなよ……!」
「あ……あぁ、すまない。俺が悪かった。だから、泣くな」
「……泣いて、ねぇし……っ……」

 涙腺がおかしくなった。泣きたいわけじゃないのに、ブラッドの声を聞いたら次々涙が溢れてくる。困った顔をしていたブラッドは、自分が汚れるのも構わずに抱きしめて、落ち着くまでずっと背中を叩いてくれた。子供扱いされてるみたいだったけれど、何故かあんまり嫌じゃない。むしろ慣れた手つきに安心する。
 俺は空いている手でブラッドの服をぎゅっと掴みながら、相手の肩口に顔を埋めた。ごめんどころかありがとな、も言葉にできず、ただただ静かに涙を流しては、ブラッドに身を委ねる。いつもは厳しいのにそっと寄り添うような優しさが嬉しくて、また目の奥が熱くなった。
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