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□可愛いは俺だけの
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とある日の午後。無事にパトロールを終えたフェイスとジュニアは、アンクルジムズダイナーで食事をすることにした。提案したのはフェイスだ。ごく自然に。だけど、そこにはまるでデートの延長を望むような甘さもあった。ジュニアもそれを受け入れた。ここからは営業時間外。ちょっとしたお楽しみの時間――になると思っていた。
いまいち会話が続かない。フェイスが話を振っても、ジュニアはどこか歯切れが悪かった。視線が全く合わない、というわけでもないが、気がつくとジュニアの視線は他所に向けられていた。
(あ……まただ)
いつも真っ直ぐ向けてくる彼のオッドアイは自分を見てくれない。ジュニアの視線を追って目に入ったのはトイレの案内プレート。そういえば、ここに来た時からジュニアの目の前に置かれた水が全く減っていない。トイレを我慢しているという理由なら納得がいく。
「……行ってきたら?」
「え……な、なんっ……」
「なんで分かったのかって言いたいんだろうけど、隠してるのバレバレ。別に気にしないから」
食事中に席を立つのを気にしていたのだろう。行っておいでと促すと、ジュニアは小さく頷いてトイレに向かった。やけに大人しかったのはそういうことか。いつも騒がしいくせにトイレに関しては自己主張が控えめになるよね、なんて思いながらサラダを食べる。口に運んだ野菜を飲み込んだ時、ジュニアが戻ってきた。やけに戻ってくるのが早い。男はすぐに終わるけどそれにしても、だ。
「え、早くない?」
「……その、空いてなくて……」
「あー……」
何となく状況を察した。どうやらその場でじっと待つのがキツくなって、戻ってきたのだろう。いつトイレが空くかも分からない。仮に空いたとして、その隙にまた誰かが入る可能性もあるわけで。このまま見過ごすのは少し気が引けてしまう。フェイスは少し考えながら口元を拭く。
「……仕方ない、ちょっと待ってて」
「ちょ、どこ行くんだよ」
「すぐ戻ってくるから――ああ、すみません」
席を立ったフェイスはすぐ近くに居た店員に声をかけ、耳元で何かを伝える。
「従業員用を使っても良いって許可貰ってきたよ。場所は覚えてるよね?」
「お、おう……」
「そこなら多分空いてるでしょ。早く済ませておいで」
ジュニアは何か言いたげだったが、文句の一つも出てこないくらいには余裕を失っていた。今度こそトイレに向かったジュニアを見送ったあと、行儀は悪いがスマホを取り出してぼんやりとSNSを眺める。しばらくして、ジュニアが戻ってきたがどことなく元気がない。
「おかえり。今度はちゃんと行けた?」
「…………ん」
「……あのさ、念のために聞くけど間に合ったんだよね?」
「っ、あ……当たり前だろ!」
「じゃあなんでそんな顔してるの」
「そ、それは……その……ちょっと、マジでちょっとだけその……」
「わかったわかった、みなまで言わなくていいから」
「…………」
「ほら、とりあえず食べちゃいなよ。パッと見は分からないし大丈夫」
帰ったら一緒にシャワー浴びようか? 冗談交じりの提案は当然却下される。紅潮した顔は照れているのか、それとも他の理由なのか。
(……ま、どっちでもいいか)
フェイスは小さく笑いながら、切り分けた自分のハンバーグをジュニアの口に持っていった。